眠たい羊 第1話[ 虹色パーカー ]             著 てくり(ライン文学大賞ファイナリスト等)




第2章-今をつなげる青い季節-

金色に輝く瞳のせいか、マジックアワーの光のせいか、あるいは季節のせいか、果ては一時的に磁場に狂いが生じ、それが人体に影響しホルモンバランスが乱れA10神経に作用して…
などと訳のわからぬ理由をこじつけねばならぬほど、不可解な自分の行動だった。
きっと恐らくあんな自分は後にも先にもないだろう。あの時だけ。
そこまで考えて思い知る。
裏を返せば、孝太だけにあんなことができた。そうとも言える。
金色少年、彼の名は早坂孝太といった。

「CADの変」(後に私たちはそう呼んでいた)から、至極当然のように私は孝太の隣にいた。
そして孝太は私を隣に呼んだ。
孝太の読みは「こうた」だが書く時は「コータ」と書きたくなる。
「なんで?」
「犬みたいだから」
「お前なぁ」
「しかも雑種。そして小型犬」
バシっとおしりを叩かれた。
CADの変から3か月も経つと、人前でおしりを叩かれるほど、私達の仲は周知の事実となった。

これまでも恋らしきものはしたことがあった。けれども「欲しい」とまで感じたことはなかった。
誰にもとらえたくない。私のものにしたい。
勝気な目は私にだけ向けられたい。

楽しかった。とても。
曇り空が多い、ここ金沢。
それでもコータの隣にいると、晴れの日のように周囲の色彩が鮮やかに感じた。
当然というか、自然にというべきか女と男になった。

初めて一つのシーツを共にしたのはコータの下宿先のアパート。
その夜、ベッドわきのサイドテーブルには、あの日プリントアウトされた私のパースがあった。
そのスミにはコータの走り書き。
”いつか一緒に線を引こう”

その日までも、CADの変以来、パースの演習は幾度となくあった。その度にあの日のように互いに互いの作画を練り上げた。
だから、もういくつもの線を一緒に引いている。

コータが言う線とは課題のパースや設計図ではなく、仕事としてのそれを指しているのだろう。

本気?

一度肌をあわせてからというもの、孝太の部屋に入り浸るようになる。

そしてコータとも、あの雑貨屋さんに幾度となく足を運んだ。コータのオンボロ車で。
2人で初めて行ったのは、コータの部屋で過ごす、コータ部屋置きのルームウェアを買うため。

コンビニやスーパーには一緒に行ったことはあるけれど、その時のことは妙に憶えている。

大学帰り。
コータのオンボロ車。ゼーゼー言いながら年老いた車はエンジンを回している。
くもり空。夏の終わり。秋の一歩手前。彼の体温が私より少し高いとわかり始める時節。だけど今は思い出そうとしてもその感覚自体が麻痺しているかのように機能しない。思い出せない。

時折、くもり空の隙間からオーロラのようなオレンジのカーテンが現れた。オーロラを見たことはないけれど。
コータのシャツ。第2ボタンまで外した胸元からのぞく銀のロケットがあの日のように陽を受けて金色にキラリと光っていた。

雑貨屋さんの分厚い一枚板のドアを2人で開くと、夏に売れ残ってしまったウインドチャイムがコロンコロンと鳴り、私達を出迎えた。
「2人でドアをし〜め〜てー♪」夏メロ特集でよく聞く歌をコータが口ずさんだ。調子っぱずれだった。
「知ってる?」私
「何が」
「それ別れの歌なんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「それはまずい」
「まずいでしょ」
「じゃあ、店入るところからやり直すか、今度はお嫁サンバあたりで」
「ばーか」

勝手知ったる店内だから、いつもはあまり長居しない。
だけどその日は違った。
2人で、あれやこれやと物色した。
一通り見終えると、やはり建築学科の学生。
「壁はあえて漆喰をやめて部分つかいの板張りのほうがよくないか」
最近になり、コータは古民家スタイルともいえるにクラフト系の造形に傾倒している。
「それもハマるかもしれないけど、私だったらアクリルの内張りに竹とかをあわせたい」私はといえば、タイルやガラス、コンクリなどと自然素材をくみあわせた、首相官邸に見られるような東京スタイルにハマっている。

本来の目的も忘れて店内の壁、床、カウンター、店内什器に至るまで語りあった。
幼い頃の興奮が蘇る。
そして思う。
もし、もしも二人で暮らしたならこんな感じなのだろうか。
その想像はひどく暖かく、そして苦しいほどに切なかった。
この時間、この空気、この匂い、彼の声。このまま、全てこのままであり続けてほしいと願った。
一瞬、一瞬が愛おしくも切ない。

遠い未来、映像や時間を超えた時空や感覚そのものを記憶できるようなデバイスができるだろうか。
もし、そんなものが今あれば、躊躇わずにこの瞬間を録っていただろう。

「で、それにするの?」疲れたか?などと言いながらコータが私の顔を覗き込んでくる。
私は一着のルームウェアを手に弄びながら夢想に耽っていた。
「うん、これにする。それとこのワンピも」言ってレジに持っていったのは虹を模したかのような何色もの色を使ったボーダー柄のパーカー。
触り心地が気持ちいい。モコモコなのにスベスベした感触。
それとあわせて小花柄のマキシ丈ワンピース。
実は少し前からこの二つには目をつけていた。
ナルエーから季節毎に発刊される小冊子。そこにこのコーディネイトが載っていた。それをそのままコータ部屋で過ごす格好とさせてもらう。
昔から、母も私もルームウェアやパジャマを手に取ると、、不思議とそれはNARUEのものだった。ナルエーと読むのだと聞いたのは、あれはいつだったのか、やはり雑貨屋さんの店員さんからだ。店員さんが酷く大人でキレイに思えた頃だから、恐らく私がまだまだ幼い時分のことなのだろう。
ナルエーとはきっと、これからも長いつきあいになるだろう。
そして、調子っぱずれの歌ともそうありたい。

「また、着てる」
「だって、これ気持ちイイんだもん」
「だもん、じゃない。だもんじゃ」
コータ部屋に行くと、コータが虹色パーカーを着ている時が度々あった。「はー」と手にわざとらしく息を吹きかけながら手と手をもみあわせ「今日も寒いね」などと言っていた。
「いいから、脱いで」
「そんな大胆な」
「っるさい」
ちぇッ、とか「DVだ」とかぶつくさ言いながら、コータはのろのろとパーカーを脱ぐ。
「コータも買えばいいじゃん」
「岬が着ていたのがイイんだよ」
調子いいことを言っていたので、頭をはたいてやった。
パーカーを奪い返し、袖を通す。
「ふぅ」思わず声が漏れる。コータじゃないけれど確かに気持ちいい。暖かいものならいくらでも他にあるだろうけどこれは軽くフワフワしている。そして何より可愛い。
いい買い物をしたなぁと一人ほくそ笑んだ。
肌触りもいいんだよなぁと思いつつ、その感触を味わうためにポケットに手を突っ込む。…まただ。
「コータ、またポケットに入ってたよ」
「おお、わりぃわりぃ」全然そうは思っていない態度で私の手から銀色のロケットを受け取り、その首にかけた。
さっきまで、寝ていたな。

いつも肌身離さず首にぶらさげているロケット。
寝るときとお風呂に入る時には外している。外すとその時着ていた服のポケットにしまいこんでいる。そしてそれを当人は忘れている。
「オレのロケット知らない?」とのセリフを聞いたのも2度や3度ではない。そんなに大事なものなら、もっと大切にすればいいのに。
「大切にしてるよ。で、どこにあるか知らない?」
と、いう訳で最近はコータがくだんのセリフを言う前に見つけて渡している。
このパーカーがここに来てからはポケットに入っている率が高い。
いったい何がこのロケットに入っているのだろう。
一度だけ聞いたことがある。
「君ねぇ、君にはプライバシーを尊重するとか、そういう心根はないのかね?うん?」
平気で目の前でおならはするし、鼻もほじる。プライバシーもへったくれもない。
「今朝、きれいな一本グソがでた。岬にも見せたかったなぁ」
見たくない。
自分の排泄物のことまで話すくせにコータは話したがらないことが一つある。
自分の過去だ。
父子家庭であることは聞いていた。だからそのロケットの中身もきっと、そういったことに関わる何かなのだろう。
「中身はお守りさ」とコータはおどけた調子でそう応えていた。

今日が過ぎ、明日がやってくる。
「なるほどねぇ」一日の終わり、コータがモニターの向こうの富川悠太さんに相槌を打っている。
週末を終えて、来週がやってくる。
「ハナワ君って絶対に父親を超えられないと思わない?」
月が替わり、季節が移る。
「来年も海行こうな」
年が過ぎていく。
「見た?年越しの瞬間、オレ、宙に飛んでたぜ」
このままでいたい。今のままでありたい。
今の今と、明日の今。
その先の今もつなげて、過ごしていきたい。
ずっと。