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眠たい羊 第1話[ 虹色パーカー ]             著 てくり(ライン文学大賞ファイナリスト等)




第4章-もこもこデバイス-

「ダメダメ。そこは譲れない。そんなことしたら花子さんに殺される。ちゃんと指示どおりにね」
-そう言われても工期がさぁ-電話の向こうから建築現場の喧騒がもれてくる
「ダーメ。お宅の社長ができるって言ったんだから、できなかったら工費割引きますよ。そのかわり資材安く回しますから」前の現場の資材がまだ残っていたはず。あれなら私の裁量で回しても大丈夫だろう。
-岬ちゃんも言うようになったよなぁ。わかったよ。なんとかするよ。そのかわりその資材は頼むよ」
「お願いします。頼りにしてます」
-ところで、日曜の昼間に家にいるの?もったいないねぇ。誰か遊びに連れていってくれる人いないの?-
この親父。そんなことをしていたらこの電話にも出られなかったでしょ。
「工費、割引きます」
-ちょっと、岬ちゃん、冗談-「一言余計」現場監督の声にかぶせて携帯を切った。
ヒトコトヨケイ。
自分のセリフに唇の記憶が蘇る。
「あれから一年かぁ」独りごちる。卒業して上京して就職して。目の回るようなスピードで、私の周囲の時間は遥か後方へ吹き飛んでいく。
今は昔。一人住まいの東京の片隅で休日も仕事をこなすような日々を過ごしている。ワンルーム。最寄り駅まで徒歩10分。行きたい時にそのまま駅に行けば程なく電車が迎えに来てくれる。およそ田舎では考えられない便利さと狭さの中で、何かに向かい猛烈なスピードで突き進んでいる。そのスピードに振り落とされないようにみんな必死でもがいている。それが東京という場所だ。
これが夢見た暮らしなのかと人に問われれば、はっきりと首を縦には振れない。だけど確信する。きっとみんなそうだ。
「・・・・・・」いや、一人だけ違うかも。
そんな考えても果てのないことを頭の中から追い払うように掃除でもしようかと腰をあげると-ピンポーン-
チャイムが鳴った。
宅配便だった。荷物を受け取り、サインをする。
母からの小包だった。また缶詰の詰め合わせだろうか。ありがたい。
箱を開けると封筒、その下に紙袋。封筒には-岬へ-と母の字。


岬へ。

お元気ですか。便りが少ないので元気なのでしょう。
こちらはまだまだ寒く、いい加減、冬に飽きました。

さて、先日のことです。
早坂君が家に来ました。彼は引っ越すそうです(引っ越すとはいえ近所のようですが)。
あなたに長年借りていた洋服を届けにきてくれました。
という、見え見えの嘘をついて何着かの洋服を置いていきました(借りていたとなると彼はワンピースを着る趣味があることになる。似合いそうだけど)。

卒業を機に、あなた達がどんな決着を迎えたのかしりませんが(本当はとっくに知っている。母の眼力をなめるな)、娘のことながら少し寂しい気持ちになりました。
いつかまた、彼と笑って話せる時がくると良いですね(焼けぼっくいに火がついた時には報告するように)。

母より

追伸:早坂君が持ってきたナルエーの服、送ったけどいらないならちょうだい。

紙袋をあける。
その中にあの虹色パーカーが入っていた。
懐かしさに思わず袖を通す。
暖かい。やわらかい。そして当時の記憶が蘇り。胸がつまる。
「あそこを引き払うのか」
……ポケットの中に何か入っている。

彼の銀色のロケットだった。これ、また送りかえさなきゃいけないじゃない、と思うが手紙からすると新しい住所までは聞いていないようだし。
でも、絶対探し続けているだろうし。どうしよう。
「……」
掃除をしながら1時間ほど悩んだ。ロケットの中身を見るか、見ないか。気づけば広くない部屋の同じ個所を二度掃除機をかけていた。
煩悶しつつもロケットを見つけた時点で答えは決まっていたのかもしれない。
円筒形のロケットの蓋をあけた。
逆さにする。出てこない。
覗くと小さく折りたたまれた紙が詰まっている。毛抜きでそれをつまみだした。
古いトレーシングペーパー。
開く。
その紙の角には”いつか一緒に線を引こう”と書かれた、あの日のパース。コータの文字
”いつか一緒に線を引こう”のあとにもいくつもの書き足しがあった。

夜に星を見にいく。
月に一度の週末ぐらいディナーを。どこか?
夏には必ず海に行く。
年越しはカウントダウンパーティに行ってみる?

涙があふれた。
パーカーの心地よさが、金沢へ置いてきた日々を思い出させ辛い。胸が締め付けられる。熱く。痛い。
くもり空。犀川。雑貨屋さん。オレンジの教室。そして金色の双眸。
いつか夢見た記憶装置を私は既に持っていた。それを作ってくれた人の名を呼びたい。
その名を口にしたい、口にしたいが、後から後からやってくる涙に口が開かない。
どうして。
どうして一緒に行こう、と言えなかったのだろう。
どうして一緒にいてくれと言ってくれなかったのだろう。
わかっている。全部わかっている。
でも、涙の数だけ「どうして」がリフレインされる。

会いたい。せめて声だけでも聞きたい。携帯に手が伸びかけた時、ちょうど携帯が震えた。ビクリとする。
そんなはずはない。そんなはずはない。震える携帯を震える指で応答の操作をする。
-もしもし、岬。今あんたんとこの近くに来てるんだけどさぁ。どうせ家でうじうじ暇こいてんだろ?飯食おう-
花子さんからだった。やはりそんなはずはなかった。
-おい、なんだよ、本当にうじうじ泣いてんのかよ-
泣いてますよ。悪いか。
-ちょっと待て、すぐ行く。なぐさめてやる-
いいです。いりません。
-なぐさめてやるっても私はストレートだから体は貸せないけどな、あはは-
「ばかやろう」
-元気じゃん-

虹色パーカー
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