眠たい羊 第2話[ 赤いブラ ]               著 てくり(ライン文学大賞ファイナリスト等)




第1章-カトちゃんとお見合い-

「花子、お見合いでもしてみない?」
「は?」

11月。街は早くもクリスマスだ。サンタだ。ケーキだ。君はきっと来ない♪だ、恋人がサンタクロースだ、と浮かれ気分。
雑誌をめくれば”キラキラパーティコーデ”などとある。日本のどこにそんなすかした格好でパーティする奴がいるのか教えてもらいたい。
ジャージで鍋だろ普通。

メイクに至っては”誰よりも輝きたいからクリスマス盛り”とある。
遠い昔に、ヒゲもじゃのオッサンが産まれた日とメイクに何の関係がある。それになんだ?「盛り」って。こんな雑誌のせいで、場末のスナックのようなお絵かき化粧のブスが闊歩してる。ブスは何やったてブスだ。牛丼でも盛ってろ。
そこらを歩けば犬っころまでが緑と赤の服を着てやがる。ヒールで串刺しにしてやりたくなる。

そんな時節の日曜日、東京平井にある実家に呼び出された。実家は築40年の木造家屋。その背にスカイツリーが生えて見える。
若い頃はこの家がイヤでイヤで仕方なかったが今では気に入っている。かなり「味」がある。最小限のリノベーションで見違えるようになるだろう。

いつか建て替えてやるか。折角だったらスカイツリーが見えるように。

そんな実家で、最初は当たり障りのない会話を交わしていたはずだったのだが、母が言いたかったのはこれか。見合い話。

「あんたも、もう35でしょ。そろそろいいんじゃないの?」と母。逆らっても面倒なので「そのうちね」と返しておく。
「そのうち、そのうちってあんたのそのうちってのはいつなのよっ」

お見合い話が持ち出されたのは、これが初めてではない。いつだったか。2.3年ほど前から言われている。全世界の男と女をくっつけようとする勢いの、世話好きなオバがいる。
「だから、そのうちだってっば。忙しいんだよ」
「二言目には忙しい忙しいって、それとも今おつきあいしている人でもいるの?」
「いないいない」さも、当たり前のように言うのも、ちと寂しいな。
「だったら無理にでも時間作ってよ」
「それが無理」
「……」
母が黙った。父は隣の居間で新聞をがさごそめくっている。止める人はいない。来るか?

「あんたねぇッ、いつまでそうしてるつもりよ!仕事、仕事って。みんな仕事してるのッ。あんただけが仕事してる訳じゃないの!」
「っるさいなぁ、私に見合う男がいないんだよ」
「だったらこれ見てみなさいよ、銀行勤めのいい男よ」
写真映りがいい男なのか、銀行勤めだからいい男なのか。

「あっきれた、こんなものまで用意してあったの」
寄越された写真には、どこの唐変朴か知らないが、薄気悪い笑みを浮かべたメガネの奴(ヤッコ)さんがこちらを見ていた。はたと気付く。
「私の写真も、コイツんとこにあんの?」見合い写真など撮った覚えはない。
「うん?なに?」こんのババァ。急に耳の悪いフリしやがって。

「とぼけないでよ、コイツにどの写真渡したのよッ」
なんだ?母の視線はダイニングテーブルの隅に積んである雑誌に、泳いだ。見ると女性誌の表紙が四角く切り抜かれている。切り抜かれた下には陽気なゴシック体ともいえるような文字で「図解!○○さんのプライベートコーデ」とある。
○○は、最近テレビで目にする元宝塚の女優。はらわたが煮えくりかえる。
「ちょっとぉ、なんてことすんのよ!これ切り抜いて渡したの!?」
「だって、あんた似てるじゃない」
「そういう問題じゃないでしょッ!」
「キレイに切り抜くの大変だったんだから」
「そういう問題でもない!」
「ちゃんとお見合い用の台紙に貼ったよ」
「バカか!」こんの野郎。
「親に向かってバカとは何よ!」
「バカだからバカって言ったのよ!」
「あんたねぇ、」
「何よ!」バカと言っただけでは、まるで気が治まらない。どうしてやろうか。
手近にボールペンを見つける。そのボールペンで唐変朴メガネの見合い写真に髭を書き加えた。
「ちょっと、あんたこそ何やってんのよ!」
「コイツ、こうするとカトちゃんに似てる」
バシっ
一瞬何が起きたのかわからなかった。何年ぶりだろう。母に頬を張られたのは。
「なんてことするの!アンタは!」
「イッタいなぁッ、それはコッチのセリフっ、こうでもしないとお見合いなんてする気がないってわからないでしょ!」

「っっるーサイッ!」
部屋の空気がビリビリ震えた。お前が一番うるさいとは言えない。親父様の登場だ。
内心ホッとする。父は私に対して「あいつの好きにさせるさ」というスタンスである。父の登場で手打ちになるだろう。と、思いきや。
バチコーン
目の前にいた父が消えた。首が90度回転していた。衝撃のあとに頬に熱を感じた。クラクラした。痛みはあとからやってきた。鼻からは熱いものがたれた。
眩暈で定まらぬ手でぬぐうと鼻血だった。カッとなった。
「ってーな、クソ親父!」
「久しぶりに聞いたなそのセリフ」言って、父は私の前に仁王立ちになる。上背は私と変わらないが、未だ衰えぬ分厚い胸板が堂々の威厳を保っている。その胸からは荒縄を締め撚ったような腕が生えている。2本の荒縄が組まれ怒張している。
恐る恐る顔を見上げると、父の顔は赤黒くゆであがっている。
やばい、相当に怒っている。この状態の親父には未だ勝ったためしがない。

風神、雷神さながらの仁王が人差し指と中指をたてた。まずい、と思った瞬間にドスンと2本の指で胸を突かれた。
ブハっ、気管から息が漏れる。せきこむ。胸に穴があいていないか確かめる。
「大丈夫だ、折れちゃいない」父の胴間声が静かに響く。その昔、父はこれでチンピラ風情の胸骨を折ったことがある。警察沙汰にまでなったが「注意をしただけだ」で押し通したらしい。それから町内では「骨折り節夫」と呼ばれている。

「よく聞け、花子。母ちゃんはな、鼻っ柱の強いお前が傷つくまいと思って、はっきり言わねぇがなおメェの未来を心配してるんだ。手前ぇも、もう35だろ?」
「まだ、35だよ」
「元気じゃねぇかよ」と言い終わらぬうちに、また骨折り突き。ドスン、グハっ
「〜ッ……ってぇよ」
「あたり前だ、痛くしてるんだ」
「あとが残ったらどうすんだよ」
「ハっ、何を今さら。仕事だ、現場だと言って日焼けし放題の女が何言ってやがる」
「それとは違うだろ、嫁に行けなくなったらどうするんだよ」
「ほぅ、嫁に行く気はあんのか」
しまった。
「オレもな、今すぐその写真のトンチキと結婚して子供をこさえろって言いてぇわけじゃねぇ。ただな、お前、この先もずっと一人でいるつもりか」
ぐっ。
「わかっちゃいるだろうけどな、オレもお母ちゃんも、お前ぇより先におっ死ぬんだぞ。そうなったらお前ぇ一人なんだぞ。
仕事だ仕事だ、忙しいと二言目にはお前ぇは言う。結構なことじゃねぇか、この不景気に忙しいとはありがてぇじゃねぇか
だがな、その仕事にしたって、だ。いつかはできなくなるんだぞ。
その時に手前ぇに何が残る?
私に見合う男がいねぇだ?
ハっ、どの面下げてそんなことほざいてやがる。手前ぇはそれほどのタマか?あ?
見合う男がいねぇってのはな、もててもててしょうがねぇ奴が言うセリフだ」
もてるさ。
バングラデシュから来たカマールには「ハナコさん、アイしてます。お金貸してくだサイ」とよく言われる。
田中興業の田中社長(78)は「行くあてがなかったら俺の嫁になってくれ。遺産はそこそこ残せるぞ。ただし介護を頼む。最近ケツを拭くのがしんどくて」
男らしく「俺の女になれ」と言ってくれる人もいる。池袋のオナベバーのバーテンダー(♀)だが。
父の説教は続く。
「上等なベベ着て、スカしたみたところでな、中身はババァに片足突っ込んだような30半ばだ」
「ば、ババァ?」私が?
「世間一般様から見りぁババァだ」横で「じゃあ、私はどうなるのよ」と母がボヤいている。「写真のそのトンチキの経歴見たか?」
見ていない。
「お前ぇと、そう違わない歳で支店の副店長だ。お前ぇも社会に出て長ぇんだ。その歳で都市銀の副支店長ってのがどれだけの仕事をこなしてきたかぐらい想像できんだろ」
朧気には。
「学歴や努力って言葉だけじゃ足りない何かを、そのトンチキは持っている」
それはそうかもしれない。
「お前にない何かだ」
「ちょっと待ってよ、自分で言うのもなんだけど、私だってそこそこやるようになってきたつもりよ」
仕事に関してだけは、多少なりともの自負はある。
「たかだか、雑誌に取り上げてもらったぐらいで、いい気になってんじゃねぇよ。お前が作っているものはなんだ?」
いろいろあるが、今は一般住宅を一番多くこなしている。
「家」
「そうだろ?人様からこんな家を作ってくれと請われて、お前がそれを作るんだろ?」
「うん、そう」実際には複雑な経路を辿って、やってくる依頼もあるが、そんなことをこの場で言っても詮無いことだ。
「ってぇことは、お前はその人達の暮らしを考えて設計するんだよな」
話の矛先が見えてきた。機先を制する。
「独り者が、親身になってそんなことが考えられるか?ってこと」
「おお、そうだ」
「そんなの当たり前でしょ、子供がいれば子供の目線で、親御さんがいればお年寄りにも使いやすいように」
「ああ、そうだな我が娘ながら良くできていると思うわ。だがなお前はそこに住み暮らす者の未来を考えたことがあるか?」
「…未来?」家族の未来?
「子供は家に何を求めているのか?何年後に独立して家を出ていくのか?夫婦なら子供をもっと欲しいと願っているのかもしれない。果てはそこで開業したいと思っているかもしれない。
お年寄りはどうだ?
年寄りが一番そこで長く時間を過ごす。年寄りがその家で本当にくつろげるのか?バリアフリーとかそんなことを言ってるんじゃねぇぞ。年寄りだって楽しみたいんだ。時にはご近所の親しい者も呼びたくなるだろう」

「…」構造上の問題や建ぺい率、設計するうえで枷となる諸問題で反駁しようと思えばできるが、父はそういうことを言っているのではない。それはわかる。
「門外漢のオレでもこれぐらいの2.3は出てくるんだ。考えてる奴はもっと考えているはずだ」
誰にも負けない線が引けたと思うことは何度もあった。そしてその幾つかは雑誌にも取り上げられた。だが、たった見開きの1ページだけ。同様のテーマ、特集で組まれた他の物件は4ページにも渡って紹介されているものもあった。
私のものと、他の事務所のもの。私にとってはそこに何の差異も感じられなかった。父の言うことが全てではなく、解ではないと思う。だけど、思い返してみれば施工主と話す際に「未来」という言葉を使ったことは確かにない。悔しいが。