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眠たい羊 第2話[ 赤いブラ ]               著 てくり(ライン文学大賞ファイナリスト等)




第2章-骨折り節夫-

「お前が作った家はな、お前ぇと一緒だ。未来が見えない」
未来が見えない。その言葉に急に心細くなる。だが、それは私自身にではない。私が引いた線は本当に未来が見えてこないのだろうか。父は私の胸を見透かしたようにたたみかける。
「そのトンチキと会ってみろ、見合いなんかを考えているぶん、お前よりは未来を見据えているはずだ」
後にして考えれば、父にまんまとハメられたような気もするが、私は渋々ながら見合いを承諾した。

「ほら、写真持っていきなさいよ」
「いいよ、カトちゃんの写真なんか。ガキの頃散々見たよ」
「いいから持っていきなさいよっ」
帰り際、玄関先でのやりとり。私と母の間でカトちゃんが行ったり来たり。
「いらないってばっ」
上り框に腰掛けて靴を履いている間に、母は私のバッグにカトちゃんを入れようと強攻策に打ってでる。
「ちょっと、何やってんのよ、やめてよ!」
「荷物になりゃしないんだから、つめていけばいいでしょ」
「やめてよ!」
「っっるサイっ!」玄関の引き戸がビリビリ震える。親父様が吼えた。
「ご近所様に迷惑だろうがッ!いい加減にしろッ!」あんたが一番迷惑だとは言えない。

不承不承、カトちゃんをバッグの中に入れる。母と私の間でもみくちゃにされ、本当にもう持って帰る意味もないと思うのだが。
「いつが大丈夫かちゃんと連絡しなさいよ」
「いつかね」
「あんたねぇ!」
「っっいい加減にしろ!お前らっ!見合いの一つや二つでガタガタ騒ぐな!」これで明日には、骨折り節夫の娘が見合いをすると、町内に知れ渡る。なんでこの家はこうなのか。
「ちゃんと連絡しなさいよ」
「はいはい」
「はいは1回」
「は〜い」
「花子っ!」
「っっるサイっ!」
また、親父様に殴られるのはごめんなので玄関をそそくさと出て、後ろ手で引き戸を閉めた。
ドン
じゃれあう子犬のように路地を走ってきた中学生の小坊主二人に体当たりを食らう。バッグの中身をぶちまけられた。
「てめぇら」どいつもこいつも。
ヤベッ、と言いながら中学生二人はとんづらの構え。
「待ちなっクソガキ!」
「っるせぇババア!」ば、ババァだあぁ?小坊主二人はバタバタと走り去っていく。
チン毛も生え揃っていないようなガキが。クソっ、どいつもこいつも。
憤懣やるかたない怒りを抱えながら、バッグの中身を拾い集める。
「あ」
カトちゃんが踏まれていた。ガキの靴跡がきっちり残っている。
「あ」
カトちゃんが落ちていたのは電柱のたもと。その電柱には父の字で書かれた手製の掛け看板。
-立小便禁止-
「クソッたれ!」今ならスカイツリーを蹴り倒せるような気がする。


「なぁ、岬。私の【家】に未来はないか?」
「なんですか?やぶからぼうに」
翌、月曜日。パーテンションで仕切られた私のオフィスに岬を呼んだ。昨日の顛末を言って聞かせる。
「ふぅん。花子さんのお父さんってなんというか含蓄がありますね」
「そんないいモンじゃないよ」言いながら、まだまだ父には叶わないなと思う。最終的には父の言葉に私が納得しているのだ。だからといって昨日の話は「はい、そうですか」と簡単に頷けるものではない。
「それにしても、未来、ですか」
「そう。未来」
「難しいですよねぇ、誰にでも想像つく部分はあるし、逆にいえば、誰にもわからない。それにそこまで建築家が踏み込めるものでしょうか」
それを花子も考えた。建築家は占い師ではない。未来は大切だが、考えられることはそうそうあるものだろうか。いくら考えても花子の中で、未来が像を結ぶことはなかった。
「ところで、そのお見合い写真持っていないんですか」
「あるよ、そこらへんに転がってるだろ」
「あるんですか!?」
こんなふうにもらってしまったものを捨てるのも気がひける(母は私のこんなところもよく知っている)。とはいえ、こんなものが自分の部屋にあるのはイヤだ。という訳でデスクの上の雑多な、その他諸々の書類に重ねた。
「あった!あった……って、なんでこんなグチャグチャなんですか」
「ま、いろいろあってね」色々あったことは話していない。
「なんでお見合い写真に落書きがされていて、いくつも靴跡があるんですか」
「だから、色々あったんだよ」
「おまけに、なんかコレ…匂いがしませんか」そりゃそうだろう。どこかのオッサンの小便を含有しているお見合い写真だ。
「さあね、あんたの鼻の下が臭いんだろ」
「なんですか、それ」言いながら岬は鼻の下を指でこすって確認している。うん?
その時、岬の胸元、シャツの奥で何かがキラリと光った。ネックレスか。
「岬、首から何かぶら下がってるよ」
「知らないんですか?これはロケットというのです」と、腰に手をあて言いのけた。なんだコイツ。急に鼻息荒くなりやがって。
「知ってるよ。ダサいから外しなって遠回しに教えてやってんだろ」
「ダサい、ダサくないの問題ではないのです。これは……」
「これは?」
「…私にとって…お守り、そうっお守りなんです」
「言い淀むお守りなんて効くのかね」
「いいんです。効かなくても」
「なんだそりゃ」意味ないだろそんなもん。
「想いは小さく、強くここに宿るのです」
「は?」一時はえらくふさぎこんでいると思ったが、おかしな宗教にでもボラれはじめたか。
「何はともあれ、お見合いは本当にするんですか」誤魔化したな。
「何がともあれだ。そうだよ、するよ。悪いかい」
「いや、全然悪くないです。ただ、アッチはどうするのかなぁ、と」言って岬は背後をチラと見やる。そこはガラス張りのミーティングルーム。